エスパーたちは、決して完璧ではなかった。
だからこそ、自分たちの失敗から学ぶことも、成長するための自然な方法だった。
しかし、間違いを犯す権利がますます認められなくなっていく社会では、自分自身の失敗から学ぶことも、ますます難しくなっていた。
成功というもののイメージは変わっていた。
やがてカオス戦争となる世界的な危機を目前にした文明の絶頂において、エレメンタルの国々の皇帝たちは、いわゆる成功の象徴となり、目指すべき模範となっていた。それは、暮らしている世界の現実にますます目を背ける社会によって、あまりにも容易に可能となった、過剰な個人崇拝だった。
自らの社会の盲目的な行動がもたらす危険と起こり得る結果を世界中に知らせようと、危険を顧みず訴え続ける少数の人々から警告が発せられていたにもかかわらず、物理的な現実から切り離された社会の大衆運動という、あまりにも強大で不可逆的な流れは、止められないように見えた。
もしかすると、避けられないものですらあった。
失敗から学ぶことが健全な精神の成長のための当たり前の姿であるはずだったのに、ますます強調され、限界を失っていく自由と個人主義を掲げた世界へと、ただひたすら突き進んでいくことが、時代の合言葉となっていた。









コメントを残す
コメントを投稿するにはログインしてください。