これは、カオス戦争による世界規模の惨事を経て、今や誰の目にも明らかに思えた結論だった。
地球規模でのいかなる合意も、妥協なしには不可能だった。
そして、戦前の世界は、妥協することが当たり前の世界からはほど遠かった。
むしろ、個人主義が過度に強められたことで、譲ることは自分自身の自由を侵害されることと同義になっていた。
それでも、個人同士の話し合いであれ、世界規模での議論であれ、妥協することは、相手への共感を示すことでもある。
そして、それこそが本当の思いやりの意味なのではないだろうか?
いつも自分が正しいと思ったり、やられたらやり返そうとしたりするのではなく、物事を前に進めるために、自分の気持ちを抑えることを学ぶ。
妥協できるようになること、それもまた、大人になるということなのかもしれない。







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